隠し事
早くから船に乗り込み指定の釣り座で神妙にしていると、船頭が
「新米みたいやな。まだ馴れとらんな」と言った。
「はい、よろしゅう頼んます」と返事。
同船予定の仲間らがおいおい乗り込んできて、総員は十七名。職場親睦会の催しである。船の定員は三十六名。ボロンボロンとエンジンが暖気運転を開始し、船は今にも動きしそうだがそれがなかなか動かない。
船頭が時間待ちにたびたび私の側へやって来て釣り方を講釈し仕掛けを点検してくれた。オモリを見て
「アレ？あんた以前にこの船に乗ったことがあるな」と言う。
「いいや初めてや」と私。
「このオモリはどこにでもあるもんとは違う。以前○×で作っとったもんや。もう近頃は売っとらん」と船頭。
「僕のオモリやでェ」と私。
小雨模様の天候だった。さらっぴんの雨具に、おろして間もない竿とリール。「いいえ、おいらは釣りキチです」とは言い辛かった。おかみさんと娘さんが来て乗船人数を数え、貸し竿を配りなどして、やおら出港。出港待ちの間に缶ビール二本がもう空だ。
明石海峡大橋へ直行し、橋桁まわりでガシラ（カサゴ）を釣る。潮が早くなって釣り場を鹿の瀬の北へ移す。
トモ（船尾）ではポロポロ釣れている様子だったが私はダメ。缶ビールの空き缶ばかり増えてうつらうつら眠かった。新米だからガシラ三匹。帰港すると桟橋におかみさんが待っていて、子供の手のひら級の小鯛を各自五匹あて土産に配ってくれた。自分が釣ったような顔で持ちかえったが、隠し事しているようで、なにか落ちつかない。